未来のかけらを探して

一章・ウォンテッド・オブ・ジュエル
―14話・獣生も幸運は続かない―



海の上を漂う木の葉のように、ゆらりゆらりと船が揺れる。
あまり落ち着かないが、海に波がある以上仕方がない。
プーレは本を見ながら、早速手持ちのもので戦闘中に使うためにアイテムを組み合わせていた。
作ったのは、毒と生命力を回復するニュートラライズなど、
極々基本的なものを3種類だけだが。
「あ、プーレってばさっそく作ってるぅ〜♪」
「見せて見セテ〜★」
「いいよ。でも、2人ともこぼしたりしないでね。」
出来上がったばかりのアイテムのビンや袋を、パササとエルンは早速眺め始めた。
下から見てみたり、液体の薬を振って泡立ててみたり好き勝手にいじる。
「(こらこら。あんまりに乱暴にしたらこぼれるよ。)」
「わかってるってばぁ〜。」
くろっちが注意しても、懲りずに振ったり逆さにしたりを繰り返す2人。
本当にわかっているのだろうか。




その夜。
夜の黒い海面は、波が荒くなる海域に差し掛かった事もあり揺れは増していた。
甲板では交代で船員たちが船を操り、船室ではプーレ達が寝ている。
「落ち着かないよー……。」
プーレは寝苦しそうにゴロゴロとシーツの上を転がる。
周りは爆睡しているが、船が揺れるせいで安眠できないのだ。
以前ミシディアに向かった時はこんなことは無かったから、
今日は寝つきが悪いからかもしれない。
眠らないと明日眠くて仕方なくなるというのは経験で分かっているが、
だからといって薬でも飲まない限り、意識して眠るのもまた難しいものだ。
とっくに寝る時間は過ぎていても、頭が半分だけ妙にさえて仕方がない。
しかたなく、気分転換に外に出ようと船室のドアに手をかけた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ぎゃぁぁぁぁ!!!」
「ぐぉぉぉぉぉ!!」
その時突然耳に飛び込んできた悲鳴に、
プーレの眠っていたもう半分の脳はおろか、爆睡していたメンバーまで飛び起きた。
ただ事ではない。
「ナニ〜?!」
「プーレ、ちょっとどいてろ!」
ロビンがプーレをどけて甲板に飛び出す。
残りのメンバーもその後に続いた。
ドアを開けたとたんに鼻につく、今しがた流されたばかりの血のにおい。
甲板の上は、文字通り血の海だった。
周囲を包む潮の匂いさえもかき消さんばかりの血の匂いに、
この中で一番嗅覚が鈍いロビンでさえもが眉をしかめる。
「(ひどい……なんてことだ。)」
昼間まで、いやつい先ほど夕食をとって船室に入るまで元気だった船員たちが、
見るも無残な姿に成り果てている。
一瞬の事だったのだろう、3人三様に恐怖よりも驚きに近い顔で倒れていた。
「なんだか血でくさいヨ〜!」
「え?え?なに、だれがどうしたのぉ??」
飛び起きたとはいえ、エルンやパササは起きたばかりで頭が回らない様子だ。
血のにおいにまぎれた何者かのにおいまで把握できていない。
「おやおや、眠っているうちにいただこうと思ったのだけどなぁ。」
男にしては優美で女性的な印象が強い声が、へさきの方から聞こえた。
ばっとそちらに振り向くと、声の印象にたがわない細身の美しい男が居る。
だがその肌は青みを帯びた色をしており、明らかに魔物だった。
「あの人が……?!」
「あの兄弟が手酷くやられたと聞くから、
どんな者達かと思えば……ほとんどただの子供ではないか。」
いかにも馬鹿にしきったその言葉にカチンときたが、
うかつに余計な事を喋るなとくろっちが小声で制したので何とかプーレは我慢した。
「てっめーナンだか知らないけどえらっそーに!
名前はどーでもいいけど、何しにきたんダヨ!!」
挑発的な言葉で一気に導火線に火がついたパササは、
びしっと男を指差して勢いよくまくし立てる。
騒がしい事だというような涼しい顔をして、男が髪を掻き揚げた。
「冥王への土産に教えてやろう。我が名はデムフィートロ。
お前たちから六宝珠を頂きに来た。」
いかにも余裕に満ち溢れたその声に、
パササだけで無くこっそりとロビンの導火線にも火がついた。
「ぺらぺらよく喋りやがるな。
てめぇ……そんなに余裕こいていられんのも今のうちだぜ。」
ロビンが腰に帯びた剣に手をかける。
「勘違いしてもらっては困る。お前たちの相手をするのは私ではないぞ。
ラープ、サール!」
『はい、デムフィートロ様!』
プーレ達のそれと同じかそれより若干甲高い声がダブる。
黒い光とともに表れたのは、小悪魔的な顔をした双子のシルフ。
だが感じられる風の力は穢れをまとい、本来のものではない。
幻獣でありながら、闇に身を落とした悪しき幻獣のひとつ、ダークシルフだ。
「冷たき氷よ、我が意のままに集い氷塊と化してかの者を打て!ブリザラ!」
ラープが早口で詠唱を唱える。
空中に突如生じた氷塊がロビンの体を包み、砕け散る。
「ぐぁっ!!」
防御するひまもなく襲ってきた魔法は、
魔法に心得のないロビンにとって大きな痛手だった。
「かまいたちぃ!」
ロビンの体が、船の外に投げ出された。
バシャンという波がぶつかる激しい音と水しぶきが聞こえたときにはもう遅い。
もっともプーレが伸ばした小さな手では、
戦士らしく頑丈なロビンの体を支える事はかなわなかっただろうが。
「まず一人。」
実に愉快そうにデムフィートロがつぶやく。
「ロビン!」
悲鳴に似た叫びがプーレの口から漏れる。
「こんのやろ〜〜!お前らなんか死んだって食べられる価値も無いぞぉーーー!!!」
大食い種族の上から2番目クラスの罵倒語がエルンから飛び出す。
「きゃはは、騒いだって死んじゃったものは帰ってこないのに〜。」
ラープが馬鹿にしたように腹を抱えて笑う。
くろっちはすばやく彼女に飛び蹴りを見舞い、
思い切り甲板に叩きつけてからプーレ達のほうに振り向く
「(ロビンの事は僕に任せてくれ!)」
『くろっちおにいちゃーーーーん!!』
ためらいも泣く、ロビンが落ちたあたりにくろっちが飛び込む。
止める間もなかった。深い海に吸い込まれた2人を助ける事はかなわない。
海で遭難してしまったら最後、助かる見込みはほとんど無いだろう。
「このっ……!!」
プーレが怒りに満ちた目を向ける。
だが、手持ちの道具ではろくな攻撃アイテムがない。
頼れるとしたら己の足についた爪と、パササの古魔法くらいだ。
「パササ、こいつに効きそうな魔法はつかえないの?!」
「え゛?……何とかスル!」
やや引っかかりのある返事の後、パササが古魔法の詠唱に入る。
「詠唱なんてさせないんだから〜!」
おそらくパササが唱えているのは、風属性と対を成す土属性の魔法。
あちらもそう思ったらしく、サールがまがまがしく尖った爪で襲い掛かろうとする。
「黙ってて!」
プーレが即座にサールを蹴り飛ばす。
「こっちこそ、パササの邪魔なんてさせないよぉ!」
また早口でラープが詠唱をはじめた。
エルンがすかさず構えていたハープで旋律をかなでて歌う。
吟遊詩人やカルン達が歌う、魔法に似た不思議な力を持つ歌だ。
「♪あるべき姿を忘れーたものよ、にごーった水ーはおまえの心。
迷ーったお前をあるべき場所へ、歪んだ姿をあるべき形へ誘い導こうー。」
(何……これは、)
「な、なにこの歌ー?!しゅ、集中できないじゃない!いや〜〜〜!!」
やや低めでテンポのいい旋律と歌声は傍で聞く分にはただの歌だが、
ダークシルフの二人には違った。
ラープとサールはそろって苦しみだし、詠唱が途中で途切れる。
心なしか、デムフィートロも不快そうにしていた。
「♪お前がそーれを望まーぬな・らば、お前をそのーまま、冥界に送ってやろーう。
冥界のものはーお前の魂を・捕・まえて、永久のー牢獄にー封じる・だろう。」
ピーンと一番低い音を奏でると、エルンの歌が終わった。
まだ歌自体は続くが、そこまでやる必要はないのだ。
「ナイス、エルン!」
エルンが歌い終わってラープがもう一度魔法を唱えようとしたとき、
ちょうどパササの詠唱が終わった。
「我が魔力よ、岩の欠片となれ!ディム!」
魔力が体からあふれ、手に集まってからどこかへ消える。
消えたかのように思えたそれはデムフィートロらの上空でいくつもの茶色い小さな岩の塊となった。
岩の欠片というよりは石つぶてと言ったほうが正しいそれらは、
パササの意に従ってデムフィートロらへと一直線に降り注ぐ。
それなりの速度でつっこんでいったそれらはしかし、
あまり打撃を与えられていない。
「ふ、古魔法の使い手というからどれほどかと思えば……たったこれだけか。」
『わたし達は痛いです〜……。』
涼しい顔をしたデムフィートロとは対照的に、ラープとサールは主人に泣きつく。
多少効いたようだが、決定的とは言い難い。
今まで見てきたヒートとラファールのことを思えば、パササらしからぬ威力だ。
「……やっぱりだめかぁ。ディム、苦手なんだよネ〜。」
パササは、実はディム系・ナッシア系・クラティ系に適性が無い。
古魔法に限らず、魔法は適性が無いと威力は格段に落ち、最悪の場合発動さえしないのだ。
その癖MPはしっかり同じ量とられる。
「ねぇ、とりあえずデジョンズで逃げヨ〜!!」
分が悪いと判断したパササは、プーレとエルンにそう呼びかける。
「って、パササかエルンが使えるの?!」
今はデジョンズの珠がないのだ。
だから、使うためには唱える以外方法はない。しかし、詠唱を知っているのだろうか。
「デジョンズの詠唱なんて知るわけないじゃん!
ぼくいまあんまりMPないから、プーレがカンでとなえテ!!
大丈夫、古魔法だけど!!!」
魔法の詠唱を知らないのに、どうして大丈夫なんていえるのだろう。
そうつっこみたかったが、パササは聞いてくれそうもない。
「それって、すごく嫌な予感がするんだけど……。」
大体プーレの種族はチョコボだ。
魔法の得手不得手はともかく、古魔法なんて歴史上一度でも使ったことがあるのだろうか。
独特の精神集中もわからないまま、プーレは半ばやけくそで詠唱に入った。
「デムフィートロ様の前で逃がさせるかぁ!」
「ジャマ!我が魔力、水と化しかの者を包め!アクア!」
ぼこぼこと音を立て、ラープとサールの上半身だけをアクアの水がそれぞれ包み込む。
精神集中をすっ飛ばしてしまったため威力や効果範囲は落ちてしまったが、
鼻と口さえふさいでしまえば魔法や特技はもちろん呼吸も一時的には止められる。
「こしゃくな……。」
デムフィートロが、行動不能になった部下を尻目に手のひらに魔力を凝集させる。
魔力は集まるごとに赤い炎に近づいていく。
“燃やす気ね……!”
サファイアが憤りのこもった声でつぶやく。
彼女の力を持ってすればこの炎ですら相殺できるが、
そんなことをすれば相殺されたエネルギーに船が耐え切れない。
「その通り。……ファイガ。」
巨大な火球が複数プーレ達のほうに迫る。
このままでは、たとえ万が一よけたとしても船が燃やされ、死んでしまう。
『わーーーー!!!』
すさまじい勢いで迫る炎。
泡を食って大騒ぎしているパササとエルンはもちろん、
苦心して精神集中をしているプーレも危ない。
だが、手出しできないサファイアに代わってルビーが力を見せた。
“フレイムドレイン!”
ルビーが、袋の外にまで突き抜ける赤い光を放つ。
あわやぶつかるかという距離にまで達していたファイガは、
声とともに現れた赤い球体に吸い込まれた。
「―我が魔力、遥か彼方に待つ我らの願う地への道を創れ!デジョンズー!!」
空間が裂け、プーレたちの体が放り込まれる。ここまでは、以前に見たデジョンズと同じだ。
妙な感覚も確かに慣れたものと同じだ。
しかし、いつまでたっても出口に着かない。いつもならほぼ一瞬でつくはずなのだが。
そのうちに妙な感覚も消えた。流されるように移動していた体の勢いも失せる。
「……アレ?」
パササが間抜けな声をあげる。
「もしかして……失敗だったのぉ?」
「……ごめん。」
真っ黒な空間で、3人はようやく失敗に気がついたようだ。
「やっぱ、詠唱も古魔法の精神集中も知らなきゃダメにきまってた、ネ……。」
言いだしっぺのパササが、ばつ悪そうに両手の人差し指をつんつんつつき合わせる。
詠唱を間違えると、魔法は予測外の結果を引き起こす。
今回もまたその例に漏れず、
得体の知れない場所で見事に迷子になったのであった。



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さらば、ロビン&くろっち。しばらくはこのまま生死不明で。(やる気ねえな
そしてパササは今回てんで役立たず。
弱点を狙えなくても、ほかの属性があるだろうと自分でも突っ込みたかったですが、
パササ的には長期戦になりそうな展開は嫌だった模様です。
今回はその上いらんことしいという。やっぱりこの話は暴走とおばか抜きには続きません。
正しい詠唱は、「虚無に刻まれし見えぬ道は、次元を越え何処へでも繋がる。
見知ったかの地の情景を刻む記憶の欠片よ、
次元の狭間に道を拓き遥かなかの地へ我らを誘え。デジョンズ。」です。
はい、勘の詠唱間違いまくり。あんなんでよく発動したなぁ(お前が言うな
ついでに消費MPは20。例に漏れず古魔法はMPを喰うのです。
そのうち、シェリルの古魔法もお目にかけたいですね。凄まじい威力を描写できる自信は0ですが。